トラウマ2

小学1年の頃、帰る前の掃除の時間に先生の机の上にあった体温計が割れるという事件がありました。
掃除が終わった後の帰りの会で、先生はこう云いました。
「体温計には水銀が入っています。水銀は猛毒です。これを間違えて口に入れたりすると、大変なことになります。もしそんなことが起きたら、ただのいたずらで許されることではなくなってしまいます。体温計を割った人は、正直に名乗り出てください」
でも、名乗り出る人はいませんでした。
そこで、誰がやったのか、議論をすることになりました。
「ハイ、xxくんだと思います。いつもふざけてばかりいるし」「おれじゃねえよ!」とかそういうよくあるやりとりがしばらくありました。
そしてそれは突然私に振られました。
「……ていうか、おれやってません。○○くん(私の名前)じゃないんですか? ○○くん、あの時、机のそばにいませんでしたっけ?」
私はびっくりして硬直してしまいました。私にはまったく身に覚えがありません。でも、もしかしたら、友達とふざけている最中に、無意識に体温計を手で撥ね退け、割ってしまった、ということはありえないことではありません。
「どうなんですか○○くん、やったんですか? やってないんですか?」
「……ボクやってません」私は青い顔で震えながら云いました。
「でも、○○くんはあの時机のそばにいましたよね? ほんとうにやってないんですか?」
私はどう云ったら私がやってないということを証明できるだろうと考えました。でも、私には自分がやってないという証拠を挙げることはできませんでした。そしてうつむいたままぶるぶるとしばらくの間震えていました。頭の中をいろんな思いがかけめぐり、かなりの時間が経ちました。そろそろ何か云わなくちゃ、と私はあせっていました。そして、よく考えもせずに、いいやべつに自分がしたことにしたって、という考えがうかびました。
「……ボクがやりました」と私は云いました。
その時、教室中からブーイングの声があがりました。「なんだよ、やったんならやったってさっさといえよな」とかそういう類の非難のコトバがあちこちから私に向けられ放たれました。
その後、クラスの人にその時のことを持ち出される度、大変嫌な思いをしました。
でも、私は「本当はまったく身に覚えがないんだ」ということは誰にもいうことができませんでした。いまさらそんなことを云ったところで、それを信じてくれる人がいるとは思えなかったからです。


その時の本当の犯人は、最後まで私に名乗り出ることはありませんでした。