おかしな天使(仮)3


 やっぱりあの天使の言葉遣いはおかしいよな。……そこまで考えたところで私は電気ショックをうけたような飛び起き方をした。自分の叫び声を聴いたような気もする。身体中に玉の汗が浮かんでいた。暑さで目が覚めたのだ。南側の窓からは強い日差しが差し込んでいる。窓は開いているが風はまったくないようだ。これでは暑いはずだ。
 私は顔を洗いながら、夢の中で考えていたことを思い出していた。そうだよ、やっぱりあの天使の喋り方はなにかおかしい。変なところで疑問系のイントネーションが入る。あれはなぜなのか……。やっぱり安物だからなのだろうか。それともパッケージに袋詰されていること自体が天使の脳をおかしくしてしまうのだろうか。
「そうだ、天使」私はおもわず独り言を云った。天使を外に出したままだった。私は玄関に走り、ドアノブに手をかけて回しかけ、ふと思いとどまった。もし天使がドアのすぐ向こうに力なく背を持たせていたら……。思い切りドアを開けたりしたら天使は開くドアに引きずられてケガをするかもしれない。いや、あの大きさだ。ケガどころじゃすまないかもしれない……。私はドアに耳をつけた。そして耳を澄ました。するとドアのすぐ向こうからすすり泣きのような小さな声が聞こえた。私の天使に違いない。気持ちのいい晴れ空の中をぐるりと飛んで帰って来たら主人の姿は見えず、ドアも硬く閉ざされている。そんな状況に置かれた天使の心境はどんなものだったろう。私は胸が痛くなった。
 こつこつ、とドアを指のつめ先で叩いてみた。ドアの向こうの天使にだけ聞こえるように。しかし天使は気づく様子を見せず、すすり泣きを続けているようだった。よほど悲しいのかもしれない。こんこん、と今度はこぶしの骨の部分でドアを小突いてみた。わぎゃ、とちいさな声がした。間違えようのない、私の天使の声だった。
「ぎゃぎゃ……(ひっく)いるですか? なおふみさん、そこにいるですかー?!」天使は泣いている時特有の不安定な声でそういうと、とんとんとんとん、と音を立てた。たぶん、ドアをたたいたのだろう。
「いるよ」と私はささやくように云った。「ごめん、いつのまにか眠っちゃってたよ。今ドアをあけるから、そこを離れてくれる?」
「は、はいですぅ」
 ばさばさばさ、と天使のはばたく音がした。私は念いれて、ゆっくり5まで数えてからそっとドアを開けた。すると足元からなにか茶色い大きなものがぬるりと部屋に入り込んだ。私は叫び声をあげて飛びのき、壁に身体を強く打ちつけてしまった。私はそれを目で追った。あっという間に視界から逃れて奥の部屋にすべりこんだそれは、もちろん天使ではなかった。なにか、すばやい生き物だ。たとえば、猫のような。
「うわーん、あけてください、あけてくださーい」天使がドアの向こうで泣き叫んでいた。私が突然の侵入者に驚いて飛びのいたので、ドアが再び閉まってしまっていたのだ。
 私は、ぴたりともの音の消えた「なにものか」が潜んでいる部屋に注意を払いながら、もう一度そっとドアを開けた。そして泣きながら飛んでいる天使をなかに入れると、右肩に止まらせてから左手でかばうように天使の身体を包んだ。
「なおふみさーん、捨てられたかと思ったですよー?」天使は私の頬にすがりついて泣いた。
「わるかった」私は天使の頭をそっとなでながら云った。「ほんとうにごめん。君をしめ出すつもりはなかったんだ」
「うわわーん」
 天使は泣き止まなかった。しかし、私の気持ちは既に天使ではなく、さきほどの侵入者に向けられていた。私は天使をなだめながら、部屋の向こうに潜んでいるなにものかに意識を集中した。やつは一体何者なのか。そしてどうして私の部屋に侵入してきたのか。
「ねえ」私は泣いている天使にささやいた。「ちょっとおしえてくれないかな」
 天使は嗚咽を苦しそうに殺してから鼻をすすった。「……な、なんですか?」
「さっきさ、ドアの向こうにいる時に、なにかが君と一緒に居なかった?」




※追記:これで本当に終わり。続きはありません。