おかしな天使(仮)1・2


私は部屋に戻ると、さっそく新しく買ってきた天使の袋を取り出した。そしてギザギザになっているふちから袋を破ると、まっさらな天使を取り出してそっと卓の上に置いた。
「わぎゃっ」真新しい天使は新しい空気に触れて覚醒した。「ふにゅぅ……あ、あががっ、こんにちは! え、えー、んと、きょ! 今日からわたしは! あなたの天使なのですよ?!」
私は天使の声がそれほど期待はずれでなかったのに満足した。そして空になった袋をわしゃわしゃと丸めると、ゴミ箱にシュートした。
「あ、あにゃにゃっ、それはたべなきゃダメです!」手足をばたばたさせながら天使が云った。
「は?」
「えーい、全てこの世はリサイクル! なのですよ!」天使はうまれたばかりの羽根を伸ばすと、思いのほかすごい勢いではばたき始め、卓から浮き上がった。そしてふらふらとゴミ箱に飛んでいくと、中に落ちて、わさわさとゴミをあさり始めた。「あー、あった!」天使は自分が納まっていた袋をしっかり胸に抱えると、再び凄い勢いではばたきながら卓の上に戻ってきた。「これはね? わたしの最初のごはん! なのですよ!?」
「え? その袋、食べるの?」
「もちろんですよ!?」天使はわしわしと袋を食べ始めた。卵からかえった生き物が卵の殻を食べる、あれと同じようなものなのだろうか。「あ、それから!」天使は夢中で食べながら云った。「(わしわし)わたしあの(わし)あの中のものとか(わしわしわし)全部たべられるんですよ?(わし)」
「へ? ゴミを食べるってこと?」私は訳がわからなかった。「……だって、キミってゴミなんか食べられるんだっけ?」
「だってわたしはあなたの天使なのですよ?」天使は袋を平らげると、満足そうに云って微笑んだ。「天使たるもの、当然ですよ!?」
ところで天使って何だっけ、と私は考え始めていた。「新しく買ってきた」ということは、私は以前にも天使を飼っていたことになる。でもそもそも私は天使なんか飼っていたのだろうか。もし飼っていたとして、その天使はゴミなんか食べるものだっただろうか。そもそも天使ってあんなふうにバタバタはばたくものなのか? あれくらいはばたかなきゃ飛べないんだろうなっていうのは理屈ではわかるけど、天使ってもっと優雅に飛ぶものじゃなかったっけ? というよりそういうイメージがそもそも私の幻想でしかないのか? 天使とは鳥のように激しくはばたいて飛んで、ゴミを食べる生き物だったのか?
そんなことを私が考えていると、天使は不満そうな顔で私の顔を覗き込んだ。「……わたしが安物だから、挙動がおかしいんだと思ってるんですね?」
「いや、そうじゃないよ」私は冷静に対応した。「天使ってどういうものだったか、思い出せなくて混乱してたんだ。なにしろ久しぶりだからさ、天使なんて。それに天使は値段じゃない、っていうしね。高級品ならいいってものじゃないって、よく僕の友達も……」
「そうだわたしまだあなたの名前しりませんー!」天使は私の話を無視して云った。「なまえをおしえていただきまーす、あっ、やっぱりいいです自分でしらべまーす!」
私が面食らっていると、天使はまた激しくはばたいて飛び上がった。私はあわてて立ち上がり、どこかへ行こうとする天使の後を追った。天使はゆっくり部屋から出ると、台所を抜けて玄関のドアに向かって飛び、そのままドアにぶつかって落ちた。
「ぎゃふっ」天使は埃まみれの玄関の床に落ちてもがいていた。「あででででで。ちょ、ちょっとおねがいがあるですよう」
「大丈夫? ケガしなかった?」私はしゃがんで天使をそっとつかむと、手のひらに乗せた。
「あ、あがががが」天使は手のひらに乗せられたことがなんだかとてもはずかしいことでもあるかのように落ち着きを無くし、あわてて身なりを整え始めた。「け、ケガはないです。天使はこれしきでは! そ、それよりおねがいを……」
「なに、おねがいって?」
「このでっかいトビラをあけてほしいのですよー」天使はドアを指さして云った。


***


「このでっかいトビラをあけてほしいのですよー」天使はドアを指さして云った。
「……いいけど」私はロックをはずしてドアを開けた。そしてなんとなく「ああ、このままこの天使は逃げちゃうんだろうな……だいたい僕が天使を飼うなんて初めから間違いだったんだ」と思った。なぜそんな風に思ったのかはわからない。
天使は外へ飛び出てからゆっくりUターンすると、私の郵便受けの前で激しくはばたきながら静止した。そして郵便受けに書いてある名前の部分を指さして云った。「お名前、かくにーん、インプットしましたぁ」
私は得意そうな顔をしている天使を見て感心した。「へえ、漢字とか読めるんだ」
「よめますよー! 天使ですからー?!」そう云うと、天使はひどく得意そうににこにこした。「えーと、この名前の読み方は、『おもねみ なおし』さんでよろしいですかー?」
「ああ、ちがうちがう。『なおし』、じゃなくて、『なおふみ』」と私は訂正した。そして、『おもねみ』が読めるなんて……とますます感心した。私の苗字をいきなり正しく読める人は、そうはいないからだ。
「『なおふみ』さんですねー! 了解でーす。おぼえましたー! ばっちりですよー!?」
そう云うと、天使は私の顔の前にやってきて激しくはばたきながら空中静止した。あんまり激しくはばたくので、首のあたりに風を感じたほどだ。
私は天使が疲れ始めたように見えたので両手を差し出した。そこへ乗れ、という意味だ。しかし天使はその手をみて顔を赤らめると、ふわりと高度をあげて空を仰いだ。
「ああ、今日はいい天気ですよー? ちょっとそのあたりをまわってきてもいいですかー?」
「え、いいけど……」私が云い終わらないうちに天使はぐんぐん高度をあげてごまつぶほどの大きさになった。そして空を見上げながら、私は自分のアパートの上空を送電線が横切っていることにその時初めて気がついたのだった。




※追記:これで終わり。落ちはありません。
※追記:と思ったら、続きがあったよ→http://d.hatena.ne.jp/windbell/20020825#p1
※追記:あれ? コレ、まつり姫じゃね?