実家にて1 自転車散歩


久しぶりに実家に帰ったので、そのときのことを書いておく。


うちの親父はマラソン好きなので(昔はいつも走っていた)、正月とかに駅伝とかやってると、ずっとそれを見ている。私は興味のない番組がやっている時のTVが苦手なので、自転車を借りて近所を走ることにした。
何故か庭に見慣れない自転車が置いてあって、聞くと、親父が「2台の古自転車を1台に組み直した」ものであるらしい。うちの狭い車庫に入りきらないのでここにおいてあるようだった。これを貸してくれると言うのでこれに乗っていくことにする。馬蹄錠の鍵を借り、「持ってけ」と渡された手袋を籠に入れて出発。
ハンドルは一直線、グリップのゴムはカチカチに老朽化してひび割れかけている。サドルは固く、すぐに尻が痛くなった。でもまあちゃんと走る。少しふらふらするのは、私が自転車に乗ること自体、3年ぶりくらい?だからというのと、乗り慣れない自転車だからだ。
すこし走って思い出した。自分の家が、地形で言う「谷底」にあることを。つまり、どこへ出かけるにも「谷底」沿いを行く以外は上り坂になるということだ。とりあえず袖ヶ浦公園まで行くつもりだったので、いきなり100m以上のゆるやかな上り坂を上ることになる。ひたすら漕いで上り切ると、今度は下り。昔の知人が開いたという歯科医を横目で見送りつつ、山を切り開いて作った道を駆け下りる。山の斜面にそって下り、また上り、道案内のプレートを見て横道に入る。
畑と林と草むらとまばらにある民家に囲まれた道を走る。横道に入ってからは歩道なんてない。この道は……たしかあそこにつながるんだよな、と予想しながら走っていると、その通りに見覚えのある坂道にたどり着いた。ここは去年作った『すずなり少女(笑)』ていう合同誌の裏表紙に描いた坂道だ。袖ヶ浦公園のすぐそばにあたる。この坂道に特に思い入れはない。ないけど、子供の頃、よく親父に車で袖ヶ浦公園に連れてきてもらったとき、何度となく通っているはずの坂道だ。ここを歩いたのは、おそらく去年の春、取材と称して袖ヶ浦公園に遊びに来た時が初めてだったと思う。自転車で走ったことは前にもあった(高校の時くらい)。この坂道を裏表紙の背景に使ったのは、取材時に撮った写真で一番使えそうな坂道だったから。ちなみに『すずなり少女(笑)』の私のマンガに出てくる公園は、袖ヶ浦公園がモデルになっている。
ホントはこの坂道を下りきる前にある横道に入ると、公園の駐車場に出られるのだが、あえて下までおりて、下の道を通って公園へ。自転車に乗ったまま、上池周辺に作られた歩道を走る。歩道を入ったところのそばの水面に凄い数のカモとかアヒル(ガチョウ?)がいた。昔から池にはカモとかいたけれど、以前はこんなにはいなかったはずだ(なので去年来たときはちょっとびっくりした)。公園に遊びに来る人たちがえさとかあげるから住み着いちゃったんだろうか。まあ別にいいけど。
正月だというのに上池周辺のウォーキングコースを歩いている人は結構いた。本来自転車で走るところじゃないのでちょっと申し訳ない感じで走りつつ、歩いている人たちを追い越していく。去年来たときは、このコースを写真を撮りながら歩いて一周し、その後逆回りに歩いてもう一周した。自転車で廻ってしまうと、気が済んだので公園を後にする。
公園の前から続く道を適当に走り、交差する広い道へ折れて、ゆったりした歩道付きの道をのんびり走る。少し走ればもう、半径300mくらいには枯れた田んぼとあぜ道しかないような道だ。視界はずううっと向こうに見える山まで開けている。ほかにはほんとに何もない。空が恐ろしく広い。所沢ではなかなかこうはいかない。夏に来れば風に揺れる緑の稲穂の海が見られる。あれはなかなか良いものだ。この道もずっとまっすぐ続いている。とりあえず走りやすいこの道を気の済むまで行ってみることにする。
車通りは結構ある。でも歩道を歩いている人はほとんどいない。向こうから自転車が来た。年賀状配達のバイトくんぽい感じ。年は高校生くらいか? 右によけると向こうも右に寄り、左に寄ると向こうも左へ寄ってきたので、なんだよと思ってさらに右に寄ったら、すれ違いざま「こんちは」と言われた。反射的に会釈。まさか挨拶されるとは思わなかったのでちょっとびっくりした。この辺では自転車ですれ違っても挨拶するのかな?
なんか高架道路になってる下をくぐり抜け、さらに進む。もうずっと尻が痛い感じだが、とにかく走っていて気持ちのいい道なので、この道が終わるところまで行ってみることにした。
場違いな感じにぽつんとあるコンビニ。用水路の水際の草むらで井戸端会議のスズメたち。おっきな犬を散歩している親子。トレーニングウェアを着て歩いている割と年のいった人たちのグループ。寒いのにオープンカーの車。名前は聞いたことあったけど具体的な場所はしらなかったとある住宅地の家並み。空気を読まない信号機、空気を読む信号機。風は冷たく、身体は冷えたが、晴れているせいか手は寒くなかった。長いこと走り続けて、T字路にさしかかる。ここを右に行くと木更津、左へ行くと牛久らしい。とりあえず道は尽きたので折り返す。
来た道をまっすぐ戻ってこの道の走り始めの地点をさらに通り過ぎ、昔通ってた高校そばで道を逸れ、高校の正門前を通り、旧道に出て、そこから以前チャリ通で走っていた道を通って家まで帰る。いきなり恐ろしく急な上り坂があるのだが、ここはさっき書いた坂道と違ってちょっと思い入れがある。子供の頃、年上の子といっしょに遊んでてこの坂を三輪車で下るハメになり、恐くて泣いたことがあるからだ。この坂はその後夢に出てくるほど当時の私には恐い坂道だった。高校の頃はこの坂道を自転車に乗ったまま無理矢理上って帰っていた。若いっておそろしい。大人の私はもちろん自転車を降り、押して登る。が、思った以上に足が疲れていたのか、まともに歩けない。足がくにゃくにゃに曲がってアホみたいな歩き方しかできなかった。冷や汗をかきながら必死で歩いて自転車を押していると、向こうから年配の夫婦ぽい二人連れが歩いてきたので、おかしな人に思われないようさらに必死に平静を装いながら自転車を押して歩いた(アホですな)。
なんとか坂を登り終え、再び自転車に乗って走り出す。自転車に乗っている分には問題ない。自転車を発明した人ってすげえなとか思いながら走っていると、道が砂利道に変わる。どうも道を広くしようと工事中なようでしばらく砂利道を走ると、見慣れた学校と下り坂道に出た。坂を下り、ヘアピンカーブを曲がり、以前牛舎のあった横道に入ったが、牛舎はなくなっていた。建物自体が取り払われた感じで閑散としていて、ちょっと寂しい。用水路の橋を渡り、また坂を登り、山の中を走り、緩やかな坂を下って、家にたどり着いた。